売れない女優レイコのもとに、昔の芝居仲間の紹介で映画出演の話が舞い込む。同時に母・ユキエがレビー小体型認知症を発症し、長時間一人にしておくことができなくなってしまう。女優のキャリアと、母との生活を両立させようとするレイコだが……。
第13回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016のオープニング作品として上映された本作は、若手監督に長編映画制作のチャンスを与える同映画祭のプロジェクトによって製作された。熊谷まどか監督は、『はっこう』(06)で PFFアワード2006グランプリ、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞を受賞し、2008年文化庁委託事業ndjcに選出され『嘘つき女の明けない夜明け』を監督した期待の新鋭。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭には、2013年の短編部門に『世の中はざらざらしている』がノミネート、本作で長編映画デビューを飾る。出演は、つみきみほ、田島令子、眞島秀和、木乃江祐希ほか。
本作は、パーキンソン病のような症状や幻視・幻覚を見るという症状が出るレビー小体型認知症という病をモチーフに、夢を追求するということ、介護という問題、“生きる”ということなどを、人間賛歌としてコミカルに、そしてリリカルに描く。
俳優スクールで教えながら、芝居を続ける売れない女優・下村レイコ(つみきみほ)。
彼女のもとに、人気俳優になった学生時代の劇団仲間・三田大輔(眞島秀和)から映画出演の話が舞い込む。
突然のチャンスに舞い上がるレイコに、母ユキエ(田島令子)から電話がかかってくる。
昔、飼っていた犬のチロが時々帰ってきて困惑しているのだと。ユキエは“レビー小体型認知症”を発症し“幻視”に悩んでいた。
一人にするわけにもいかず、映画出演と母との生活を両立させようとするレイコ。
しかしそんな折、母から意外な告白が・・・。
1971年生まれ、千葉県出身。1985年吉川晃司主演映画ヒロイン募集オーディションでグランプリを獲得し、翌86年映画『テイク・イット・イージー』(大森一樹監督)でデビュー。1990年『桜の園』(中原俊監督)で毎日映画コンクール女優助演賞受賞。他の主な出演作に映画『花のあすか組!』(崔洋一監督)、『蛇イチゴ』(西川美和監督)、テレビ「輝け隣太郎」(TBS)、連続テレビ小説「かりん」(NHK)など。近年は映画『ちはやふる 下の句』(小泉徳宏監督)、テレビ「深夜食堂3~きんぴらごぼう~」(山下敦弘監督)、Eテレ「おさるのジョージ」(声の出演)などに出演。
「おはなしこんにちは」(NHK)でデビュー。1973年大河ドラマ「国盗り物語」(NHK)、1988年「武田信玄」(NHK)、1986年には映画『人間の約束』(吉田喜重監督)などに出演。海外ドラマ「地上最強の美女バイオニック・ジェミー」(77)の主人公や、アニメ「ベルサイユのばら」のオスカル、「クイーンエメラルダス」のエメラルダスなど、声優としても脚光を浴びる。以降もジャンルにかかわらず幅広く活躍。近年の代表作に2015年のドラマ「美女と男子」(NHK)、「アンダーウエア」(Netflix)、2016年の「ナオミとカナコ」(CX)、「沈まぬ太陽」(WOWOW)などがある。近作には「コピーフェイス」(NHK総合)、2017年初春公開予定の『探偵は、今夜も憂鬱な夢を見る』などがある。
1976年生まれ、山形県米沢市出身。ぴあフィルムフェスティバル2000グランプリ受賞作李相日監督作品『青〜chong〜』(99)でデビュー。その後、映画、テレビ、ラジオ、舞台CMと、あらゆるメディアで活躍。近作は、ドラマ「なぜ君は絶望と闘えたのか」(WOWOW)、「僕のヤバイ妻」(KTV)、「未解決事件〜ロッキード事件」(NHK)、映画『ボクの妻と結婚してください。』(16)などがある。公開待機作は、映画『愚行録』(石川慶監督作品)。
1987年1月6日生まれ、神奈川県出身。劇団「ナイロン100℃」に所属し、同劇団の舞台「パン屋文六の思案〜 続・岸田國士一幕劇コレクション〜」「SEX LOVE & DEATH」などに出演。舞台だけでなく、映画『KILLERS』『モーターズ』、テレビドラマ「アイアングランマ」等にも出演。
大阪府出身。同志社大学卒業。CM制作会社に3年間勤務後、様々な職業に就く。2004年、自主映画製作を開始。06年、『はっこう』が、ぴあフィルムフェスティバル2006グランプリ/ゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞など受賞。08年、文化庁「若手映画作家育成プロジェクト」に選抜され35mm作品『嘘つき女の明けない夜明け』を発表。13年、『世の中はざらざらしている』がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭/ソウル国際女性映画祭などに入選。他、数々の短篇映画やドキュメンタリー等をコンスタントに製作し、国内外で上映されている。
「最近ね、散歩の途中でね、お猿さんがたくさん出てきて踊ってはるのよ……」 離れて暮らす母が電話口でいきなり突拍子もない事を言い出した。 「ほかにもね、鼻をビヨーンと伸ばした象もいるなぁと思って、近づくとね、岩なのよ。首の長いキリンもいるなぁとよく見ると、木なのよ」 いったい何の話デスカ?
「お父さんに言うと、またアホなことばかり言うてって叱られるから黙っているんだけどね……」 母は淡々と話すが、私はそりゃヘンだよ、お父さんじゃなくてもツッコムよ、とすかさずツッコミながらも動揺している。母はどうしちゃったのか? 動揺しつつも、道端で踊る猿と象とキリンを想像して声を上げて笑ってしまう。
それから約2カ月後。大学病院でのいくつかの検査の後、母には「レビー小体型認知症」の診断が下った。「幻視」や「錯視(見間違い)」は、このタイプの認知症の特徴だという。 「認知症」という病名には正直、うろたえた。他人事と思っていた介護生活が始まるのか? 介護認定などの手続きを進めていたしっかり者の父からも、ショックを受けているのがヒシヒシと伝わってくる。そして、何より母自身の不安を思うと胸が痛む。東京で映画制作という夢を追いかけている場合ではないのではないか。そんな思いを抱えながら、夏を過ごした。
だが、早くも秋口にはそんなに悲観的になることもない、という気がしてきた。幸いにも、母はかなりの初期段階で診断がつき、確実な投薬を続けているため、症状の進行を遅らせられているようだ。相変わらず、ヘンテコな幻視は現れているというが、それらを受け流す心持ちも獲得したらしい。母は今まで通りの母であろうとしている。日々の食卓の心配をし、家中に掃除機をかけ、几帳面に洗濯物を畳み、時折、父に対する愚痴をこぼす。
確かに、以前に比べると出来ないことが母には増えている。工程の多い料理であったり、細かい縫い物だったり。頼まれて、繕い物を引き受けた私の手元を、母は真剣な目で覗き込む。かつて子どもの頃の私がそうだったように。そうだ、母は少しずつ幼女に返っているのだ。私と立場が入れ替わる時期がきているのだ。
決して仲が悪かったわけではないけど、近寄りすぎると何かとメンドクサイ存在であった母親に対して、今までにない新しい気持ちが芽生えてきているのを自覚した。
そして2015年、晩秋
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭のオープニング作品募集を知る。書いてみようと思った。今しか書けない物語を。
深夜、真っ白のワープロ画面に向かった私の脳裏に突如、だだっ広い草原を走る犬のイメージが浮かんだ。そして、塊となって「物語」が降りてきた。もう若くもない娘が、母親の老いに直面し、向かい合うという物語が。
年が明けて2016年1月
締め切りギリギリに提出したシナリオが選ばれたという知らせを受けた。『話す犬を、放す』が動き出した。